目標と達成の積み重ね。

遷延性意識障害の母と過ごした7年を振り返り、今だから綴れるお話です😊

回顧53【住宅改修費用補助】

玄関までのスロープ工事が始まった✨
介護保険を利用するため、申請書類に時間がかかったが、やっと実現する✨
歩くには問題ない地面も、♿には危険と査定された。ケアマネさんやソーシャルワーカーさんの口添えもあったおかげだ😊
朝から古いコンクリートが機械ではがされ、どんな仕上がりか気になりながら、その日は口腔リハビリ再開のため、出掛けた🚙💨🏠

5ヵ月ぶりの言語聴覚士の先生が「唾液の量も舌の動きや反射も、嚥下もよく維持出来てます🙆素晴らしいです😃」と言って下さった。
教わったことを続けてよかった、とほっとして涙が溢れた😢
植物状態の人への働きかけや刺激は意味があるのか?』と施設のスタッフから言われたこともあり、平常心を装いながらも、やはり悔しくて辛かった😭
それを私がこぼすと、STの先生は「意味を考える前に行動する、それが家族力です✨」と言って下さった。この先生に出会えてよかった。

午後、自宅に帰ってみると、コンクリートを均しているところだった。「スケート出来るくらい滑らかにツルツル仕上がりますよ☺️」と作業員さんが言う。嬉しい。嬉しいが「それは♿のブレーキが効きにくいことにもなるし、雨だと余計に滑ってしまいそうなので、細かい横線をつけて下さい。」と頼んだ😌
作業員さんは快く、手直ししてくださった😃
乾くまでの数日、わくわくしていた😃

回顧52【家族写真】

何軒かの写真館を訪ね、母のリクライニング♿でも、難なく入れるところを見つけ、事情を話すと、快く引き受けて下さった✨体調が急変したら来れないこと、撮影に応じて動けないことなど、了承頂き、一週間後に予約出来た💡
それから母に似合う和服を選ぶ😆👘
元気な時ははっきりした色を好んでいたが、今の柔らかい表情には淡い色も似合うなあ😊「ねえ、どれがいい?」と寡黙な(植物状態)母に見せながら、悩むことを楽しんでいた👘😌

ショートステイでの面会時には、肌のお手入れとメイクの練習💄💋✨不快を表現する母の左手はジッとしていて、気持ち良さそうな母😊

こんな時間がありがたいと実感😌
病気になってしまったけど、温かい時間😌

施設では、体調管理のためにもメイクは控えていたが、久しぶりにおめかしした母は今にも歩き出しそうだ👸
準備期間、ずーーっとわくわくしていた💓

撮影当日、赤い振袖👘の娘と、クリーム色のつけ下げ👘の母と、うぐいす色のつけ下げ👘の私。それぞれが一番似合う和服👘で写真におさまった📷母が娘の手をしっかり握った素晴らしい写真を残してもらえた✨

生きてくれて、ありがとう👵

介護の日

明日、大分市で『遷延性意識障害者家族の会。九州つくし』主催の講演会開催と新聞で知った。
もっと早く知っていたら、仕事を休んででも参加してみたかった。
今年の春まで強く生きてくれた母が、遷延性意識障害者だったが、このような会があることは全く知らなかった。
毎日、母のリズムに合わせるのが楽しくて、私の社会的視野が狭まっていたのだろう。

家族会って、何をするんだろう。

同じ境遇や、似たような状況を知ったり語ったりで、視野が広がって、もっと知恵がついたかもしれない。
もっと勇気をもらえたのかもしれない。

介護の時間がなくなり、自分だけの時間がたっぷり持てる今だから、参加してみたかった。

回顧51【行動範囲】

スロープ車輛での、ブレーキのかけ方や道路の凸凹の避け方など、少しずつ慣れて、母と私の行動範囲が広がった🚙
日中にはショートステイから自宅に連れ帰り、庭先でご近所さんと接したり、縁側で日向ぼっこしながらアルバムを開いたり📕
夕方、施設へ送り届ける時は、以前のような切なさじゃなく、「また、迎えにくるね😃」と固い約束が出来るようになった😊

N病院への口腔リハビリの相談。家族送迎可能ならと、毎週火曜日に調整してもらえた😃
5ヶ月お世話になったSTの先生に再会し、嬉しいことが続いた。顔馴染みのスタッフさんが「どうやって連れてきたの?」「元気でよかった。また、一緒に頑張ろうね。」と気さくに声をかけて下さる。母にとっての色んな刺激、コミュニケーションがあって本当に有難い✨

さあ次は、成人式を控えた娘の振袖を誂えて、母と娘と私、三人の晴れ着姿の写真撮影が目標だ👘

回顧50【福祉車輛】

3月半ば、納車🚙
営業マンからスロープ車輛のウィンチ操作を教わり、ワクワクして母を迎えに行く😂
ワクワクで操作が頭に入ってない私と違い、娘が、きちんとウィンチ操作を覚えてくれていたおかげでスムーズに母も初めての乗車😊

最初の目的は父のお墓へ😊
3人一緒にお墓参り来たよ、と報告出来てとても嬉しかった😃

次は、咲き始めた梅を見に公園へ🚙
去年と同じ場所に、今年は♿の母とで訪れ、有難い気持ちから、何倍もいい香りに感じる😊

初めてのワゴン車でリクライニング♿の母が、
車酔いするのではと心配だったが、穏やかにドライブが出来た✨

しかし、道路の凸凹で♿の震動が大きく、母の身体がズレてしまう。
補助席に居る娘がこまめに支えてくれて姿勢は保たれたが、私だけの時にどうするかという、課題が見つかった💪

快適なドライブのために、工夫するぞ🙋

回顧49

2012年3月11日。
一年前は、凄まじい津波の映像に母と一緒に涙した。まさか、地震が……まさか津波が襲うなんて……と驚きと気の毒と無力さにじっと涙するばかりだったね。
あの時は、まさか、お母さんが植物人間になるとは想像もしてなかったね、お母さん。

毎年あかぎれで痛々しかった手はすっかり乙女のようなやわらかくしなやかになったね😊
施設ではなるべく、手をつないで過ごした。

喋れなくなって、動けなくなって手をつなぐことがとても大事だとわかった。
きっと私が幼い時はこんな気持ちだったのだろう。手をつないでいる写真が沢山残っている。

施設から帰る私をジーっと見つめる母に「また、明日ね😃」と言いながらスッと手を離す。その瞬間がせつない。

でも……
もうすぐ私と母のタケコプターが届く✨

行きたい所にいつでも行けるスロープ車輛✨

手をつなぐ時間は減るかもなあ😌

回顧48【おひなさま🎎】

2012年3月3日。母が帰宅♿
娘の協力が得られて、ひなまつりを3人一緒に過ごせた😃
急に決めたので私が仕事に出る間は、娘だけで介護。1ヶ月ぶりのオムツ交換と、胃ろうもとても楽しそうに手際よくやっていた✨
母の調子も良くて、毎年楽しみにしているはまぐりのお吸い物を口腔スポンジに染み込ませて、母の口へ運ぶと、上手に吸ってくれた🙆それまでで一番嬉しいひなまつりだった😌

運良く、順調な毎日。
その延長線上に欠かせない、定期受診🏥
今回は胃ろうカテーテル交換も兼ねていた。
緊張している私達に「胃カメラ検査のつもりで安心していいですよ☺️」と声をかけてもらう。
廊下でうろうろしながら待っていたら10分程で無事終了💡少々の出血だけで、胃ろうの傷自体もキレイだと言ってもらった😃

母はひとりでは動けない、食べれない、喋れない。

でも、気力はたっぷりあるのがわかる💪
それが生きる力なんだ。
それが私の精神的支えなんだ。